憑依現象を考える
久しぶりに霊障に関する相談が舞い込みました。むろんプライバシーが絡みますので詳細な説明は出来ませんが、考え方なりとお役に立つかも知れません。
霊障……憑依を自覚する
憑依現象とは、『主に悪霊であるところの憑依霊に支配されて、意志とは異なる行動を取らされる』と、一般には考えられていることでしょう。
ところが現実問題、実務的にいうなら、当人の意に反する行動を強要するのは非常に困難です。
仮に出来たとしても……その可能性を論じるのは非建設的です。困難だからといって出来ないわけではないし、現実に行われたら対処の方策が必要なのですから。
重要なのは、憑依によって当人の意志に反する行動を強要することが非常に困難であると言うことです。困難であるというのは憑依霊にとっても苦痛・苦労があり、出来ることなら相手も止めたがるだろうと言うことです。
俗に、お線香や供養、またはお札や霊媒・行者によって除霊が出来るというのは、憑依霊よりも強い霊力があるからではありません。はっきり言って、お線香やお札に霊力はないし、御経・祝詞などにも霊力は期待できません。
ただ、憑依霊の面目が立てることで、退きやすくするというのが本音なのです。
自分が辛い時には相手も辛い。こういう時に意地を張るよりもこちらが折れてやる方が穏やかな解決に向かいます。反対に何者かの助けを得て更に強引に押し出そうとすると、相手も意地になって助けを集めたりします。……戦場になるのは相談者。苦しむのは相談者なのです。
しかしながら……意に反するのは難しくとも、意に添うことならどうでしょうか?
たとえば禁酒・禁煙の誓いを立てている人に、その誓いを破るような誘惑をする場合はどうか……これは意に反するわけではないので案外易々と成功したりいたします。正直言って、心霊知識と霊的能力に乏しい方が、自らの憑依霊に気がつくとしたら、それは比較的難易度の低い問題なのです。本当に難しいのは、被害者自身が憑依されているのに気がつかないような憑依霊現象です。……意に反することを強要するのは困難、そういう困難に取り組んでいる憑依霊が相手だから除霊は比較的簡単なのです。でも、意に添うことをささやく霊はむしろ被害者の助けを得て易々と憑依状態を維持します。これを打ち破れる霊媒は果たしてどれだけいるだろうかと思います。
更に言うと、意に反するのは困難……困難であるにも関わらず実現してしまうとしたら、その被害者には相応の精神的な弱点があると言うことです。――つまりは、一般的にいって、憑依霊現象を自認する被害者は、霊媒でなくても解決しうる問題を抱えているものであり、それが解決するだけで憑依霊現象も解決しうるということです。
霊媒は決して無能・無益ではありませんが、反対に唯一の解決策とは限りません。つまり、霊媒抜きでも大多数の場合、除霊が成立するでしょう。結局、大半の憑依霊現象は、精神病や気の迷いと言いきることも難しくはありません。
強い憑依霊がいる
たとえば合気道という武術では、相手の力を利用して放り投げたりいたします。相手が強いか弱いかは、さしたる問題ではなく、自分が相手よりも巧みであればそこに勝機はあります。
災難が続くので、霊感の強い友人に見て貰ったら、『強い悪霊が憑いていて私にはどうにもならない』といわれて不安になった……憑依霊に関する相談にはこういうパターンが多いのです。失礼ながらこう言わざるを得ません。
中途半端な心霊知識が事態を拗らせている。
世の中には悪い人もいるけれど、良い人もいます。世の中の善し悪しは、善人、悪人の存在の有無ではなく、善悪のバランスが問題なのです。強い悪霊がいた所でなんだというのでしょう。それ以上に強い祖霊や守護霊がついているなら心配はいません。反対に、守護霊・祖霊がそっぽを向いていたら、どんなに弱い悪霊でも酷い障害をもたらし得ます。
人はほんの一押しで大きく運勢を変えるのです。問題は悪霊の強弱ではなく、自分を取り巻く環境の善悪のバランスなのです。
物事の一面(この場合は悪)だけを見て、全体を考えようとするのは、それこそ半人前の霊媒の仕事です。……どんなに霊感が強くても、偏りがあることは否めず、偏りは往々、別な問題の温床となるのです。
憑依霊の判定に限らず、政治でも何でも、善悪のバランスで考えず、悪なら悪の問題点だけを論じる人を散見します。しかしながら、私は、せめてバランスで物事を見ない人は三流の論者として耳を傾ける気が致しません。そして、バランスで物事を見る人も、せいぜいは二流の論者としてしか受け止めません。
しかし、世の中には慧眼という表現が当て嵌まる論者をたまに見掛けるのです。そういう人は何を語らせても周囲を唸らさずにはおきません。
つまり……心霊にある特別な物の見方、視点というのに囚われぬ事です。社会一般にあるのと同様なくだらない視点が多いのが現実なのですから。正しい視点というのはすべてに対して有益な物の見方、考え方であり、それこそが大切なのです。
霊障に出会っても、人は良識を求められるのです。
2004年 06月 09日