真実
時折、新興宗教や、特定の霊能者を指して、「インチキ」と表現する人がいます。宗教や霊能者に限らず、人々を啓蒙しようという人には、長短、可否が付きまとうものです。その真偽をいちいち論じていては切りがないので取上げはしませんが、世の中にインチキがある事よりも、もっと重要視すべき問題があると私は思います。
真実の追求方法です。
インチキを駆逐するのが真実であれば、迷いは、正しい答えの求め方を学ぶチャンスとして人生に生かす事が出来ます。しかし、インチキを駆逐するのがただの否定、非難であれば、迷いはますます昏迷を深める事でしょう。
溺れるものはわらをも掴むといいますが、我が身を引き上げるにはあまりに頼りないわらであっても、そっと引くなら岸に近づく助けになりましょう。なのに、溺れるものを助けもせず、ただわらを取り上げようとする偽善者の何と多い事か。
まして、永久不滅の真理、真実をわずか百年程度の生しか持たぬ身がどうして明らかに出来ましょうか?
そして、人生にいかなる価値があるのか、人生を全うもせずに、誰が「これこそは真実」と語れるというのです。出来る事はせいぜい、自分が信じている事だけではありませんか。つまり程度の差こそあれ、だれもが人生の狂信者である事には間違い無いのです。
貧者の一灯は、仏教でもキリスト教でも貴ばれる奉仕ですが、人に光を与える事もせずに、吹き消してまわるのは何と罪深い事でしょう。
2006-04-16