困難を抱える人へ
困難を抱える人へ
2006-04-15
悩みを抱える人、病気や障害を持っている人に、同情してはいけない……といいます。人の苦痛をうわべの知識、書物から得た知識、聞きかじりの知識で理解する事は出来ません。苦しみはそれを味わった人にしか理解できないのです。
苦しんでいる人間を救えるのは、同様の苦痛を乗り越えた「魂」だけなのです。だからこそ、障害や病気に苦しむ肉体には、天使やそれに類する霊が、人々を救う、準備の為に宿っているかもしれないのです。
障害や病気で苦しむ人に同情してはいけません。目の前にいる人は、私たちの魂の救い主かもしれません。そして私たちの霊性を確かめるために、神が送った使徒かもしれないのです。
肉体的な、知的そして経済的な様々な制約を持った人に接するのには、誠意を忘れてはなりません。人を見るときは、その霊性に着目しなくてはなりません。肉体的、物質的な制約は、いずれ死によって解放される時がきます。肉体的な障害を持つ人、そうでない人が共に、死によってその物質的な制約から解き放たれた時、障害者を哀れんできた人が、よりみすぼらしい霊性を持っている事はままある事なのです。
わずか百年程度の人生を基準に、人間の価値を判断してはいけません。
人間の本質は、その程度の時間では測れないものなのです。傍目《はため》には、不幸に見える人が、実は霊性向上の王道を走っているのかもしれないのです。
そして、困難に挫けそうなあなたは、自らの価値を、目先の幸・不幸で判断してはいけません。幸・不幸は結果なのです。過程が辛く厳しいほど、その成功には価値が生まれるものなのです。安易な幸福を求める事は、結局自らの幸福を放棄するという事なのです。
困難に直面した人へ
2006-04-15
「神は、乗り越えられない試練を人には与えない」という言葉は、同時に多くの苦しみ・悩みを持つ人は、それを解決できるだけの大いなる霊性があると言う事なのです。そう、生きるのが辛くてしょうがない人生を選んだあなたは、人々の苦しみを救うために困難な道を選んだかもしれないのです。
自分に憐れみをかけてはいけません。 憐れみは解決の助けにはならないのです。
人生をわずか100年程度の人間の寿命で判断すると、なだらかな人生が幸福に思えるかもしれません。しかし、死後の生活も、また来世もある事を信じると、険しい道を歩む方が目的地により近いかもしれないわけです。
困難に直面したあなたは、天国へ一番近い道を歩んでいるのかもしれないのです。決して途中で投げ出してはいけません。
苦難は決して永遠には続かないのです。
孤独に苦しむ人へ
2000-03-01
孤独に陥っている人の耳には、自分の声しか聞こえません。……大勢の人に囲まれていてもなお。
人の声を聞きたければ、自分は口をつぐまねばなりません。
人の話しを聞けない者を、本気で相手をする人はいないのです。
幸せですか?
2000年
なぜ人は、あなたの良さを認めようとはしないのでしょうか?
なぜ人は、あなたの事を理解しようとはしないのでしょうか?
なぜ人は、あなたの言葉に耳を貸そうとしないのでしょうか?
なぜ人は、あなたに答えようとはしないのでしょうか?
あなたは幸せですか?
不幸だとしたら、誰があなたを苦しめているのでしょうか?
あなたを苦しめているのは、あなた自身です。あなたが他人の目を通さなくては、自分を見つめられないからこそ、他人の心の動きが気に入らないのです。
うじうじしている奴、えらぶっている奴、自分を押し付ける奴、わがままな奴、感情的な奴、責任を押し付ける奴、言い訳がましい奴、すぐ嘘をつく奴、うーーーーん、無能な奴。
嫌な奴が、周りに多いとは思いませんか?
あなたは幸せですか?
あなたが頼ろうとしているから他人の性格が不愉快になるのです。あなたが人に頼らずに本当に自立しているのなら、他人の能力や性格に興味は無いはずです。
何で、嫌な奴ばかり言い寄ってくるのだろう。
何で誰も、私の期待に応えてくれないのだろう。
どうして、寂しい時にこそ、一緒に居てくれないのだろう。
あなたは幸せですか?
あなたが心の奥で、自分の抱えている問題を他人の問題にすり替えようとしているから、他人が思い通りにならないと感じるのです。あなたが自分の問題に、自分で取り組もうと立ち上がれば、人の助けなんて必要なかった事に気がつくはずです。
以上の不幸は、みな、問題の根源があなたの中に内在されているのです。