死にたい……自殺願望


死にたい……

2006-04-15

 世の中には、ろうそくの炎が立ち消えるように、誰にも心中を明かさずに消えていく人もいます。そういう人は、あまりの心労に他人に相談する事を忘れているもので、だから、自殺の名所に「相談してください」という看板が立ち、多くの人が自殺を思い止まる要因になっています。

 そして大切な事は、わざわざ自殺の名所にたどり着きながら、後戻りして自殺防止の相談を受けるのは、そもそも死にたくて自殺しているのではなく、苦しみから逃れたくて自殺を思い立っただけで、生きて苦しみを除けるならば死にたくないのは生物として当たり前の反応だと思います。

 なるほど中には生きる事に希望を見出せず、その一方で生活の雑事が面倒になって死にたいと思う人もいますし、その他の漠然とした理由や、精神病的な強迫観念に囚われて自殺願望を持っている人も居ますが、私に助言ができるのは生きる方法であり、生きる気が無い人には、言葉は何の助けにもならないということです。

 あなたが「生きたいから相談に乗ってくれ!」というなら、私は誠意を尽くし、努力をします。 しかし、「死にたい」という相談に対する回答は私にはありません。 出来るのはせいぜい、知らない人から自殺の予告が入ったと、警察に連絡するぐらいなものです。

心霊家として、そして霊媒として一言いうなら、「死んで楽になった」という人を私は一人も知りません。

 中には、強迫観念に憑かれている人もいれば、目標を見失って生きるのが面倒になった人も、「死にたい」とつぶやくものです。そういう人への回答は別に用意します。

 実を言えば、私の元へはかなりの頻度で、「死にたい……」というメールが舞い込みます。「死にたい」という台詞は、生活苦に対する無意識のストレス発散であるから、死にたいと言っているうちはなかなか本気で自殺しないものですし、その真意・根底には、「死にたいほど真剣に苦しんでいるのだから、早く助けて!!」という、意思があることは、霊感が無くてもわかるというものです。

 ところで、まったく人間というのは、苦しい時にも他人に気を配れる人もいる一方で、大抵の人は苦しい時には人の都合などお構いなしに騒ぎ立てるもので、まあそれが人間の性、と同時にお互い様と受け入れるしかないとは思いますが、中には、自分が苦しいと、苦しみを逃れる努力を忘れて人まで苦しめようとする人がいるから困ったものです。

 なるほど、あなたにして見れば命がけの相談かもしれません。でも、冷静な第三者としての私からは、自分の命を人質にして回答を強要する人でなしにしか思えないのです。そういう人の甘えた欲求に対して真剣に答えようとしたら限りがありません。私にも生活がありますから、どこかで相談を拒絶しなければならなくなりますが、そうなったら、相手は売り言葉に買い言葉で追い詰められるかもしれません。

 結局、真剣に自殺を考えている人に対しては、まずは引き止める必要がありますが、でも、他人に甘えたいがために自殺をほのめかす人は絶対に甘やかせられないわけで、メールや掲示板などで相談に応じる事はとても出来ないといえます。


自殺衝動・でも生きたい!!

2006-04-15

以下は、自殺衝動に襲われながらも生きる事に努力しようとなさっている方への解説です。

 病的な自殺観念

 私の基本的なスタンスは、病気は医師に任せるというものです。まず、医師の助言を優先してください。心霊にすがるのは医師が見放してからにする事が大切だと思います。

 とはいうものの、霊能者として感じる注意点があります。

 1.葛藤と戦う

 皆さんは本当に葛藤と戦う事が下手だと思います。 心の中にわきあがる衝動は、自分自身の分身と同じです。争えば自分と同じだけの力を持っているのですから、決して決着がつきません。そしてどちらが優勢になっても引き分けでもあなた自身が苦しむ事になります。

 争いになったら、葛藤のどちらが勝っても、あなたの負けです。争わぬ方法を見出すか、妥協点を見出す事が大切ですし、妥協できなくても真剣に争わないことです。

 2.決して慌てない

 人は苦しければ直ちに逃れようとします。ですが、助けが届くには時間が掛かるものです。具体的には医師の処方に満足できないからと、心霊相談に頼るのはあまり褒められた事ではありません。その努力が事態を混乱させる事になると思います。

 3.他に頼らない

 自らが苦しみを生み出しているのに、薬や他人に頼って助かろうとしても自分からは逃げ切れません。


自殺願望・絶望または諦め

2006-04-15

自殺願望をお持ちの方へ

 災難は、悪意より未熟さ、不運より要領の悪さがもたらします。

 あなたを不幸にしているのは一体誰か……

 その原因があなた自身にあったとき、あなたは振り上げた手を一体どのようにして下ろすのでしょうか。

 困り果て、悩みぬいた末に、私の元に至った挙句、「あなたが悪い!」といわれたら、きっと、腹も立つことでしょう。それがわかるがゆえに、以下の問題は、私が最も回答したくない問題の数々と言えます。

 自分に内在する問題点を明らかにする覚悟のない人は、どうか、他の霊能者をお当たりください。そのほうが、あなたにとっても、私にとっても幸せなことでしょうから。


自殺願望の考察

2006-04-16

 普段、人間は言葉で思考し、それをそのまま口から発するものですから、一般的な事柄については、真意を深く感じる必要も無く、会話が成立します。

 一方、霊が、人間を通じて言葉を発する時には、頭の中に浮かんでいるたくさんの言葉の中から、目的に一番近い物を選び出し、繋げて文章を作るといいます。(永遠の大道や、シルバーバーチの霊訓などを参照のこと)

 この事はごく当たり前ですが、言葉は、意思の表現方法としてはとても拙い物であり、真意を読み取る努力が、特に心霊的な言葉には重要であるという事の一つの理由でもあります。

 さて、自身の魂が何かを言葉で表現しようとするなら、やはり霊と同様に、頭に格納されている言葉を選び出して、繋げていると考えるべきでしょう。そして、前述の「死にたい」ですが、その言葉が、その人の魂の発する言葉だと考えると、その真意は一体なんでしょうか。

 私は、「自由になりたい」と受け取りました。

 魂は、五感というわずかな感覚で世界で感じる事に嫌気を感じている。それ以上に五感というわずかな感覚だけで、友情や愛情を感じる事をとても寂しく思っている。「自分の魂を解き放ち、もっと多くの感覚で、世界や友人や愛する人の事を感じたい!」私の霊耳にはそう聞こえたのです。

 人々の言葉にならない寂しさ、それは孤独だからというより、自身の魂が五感に閉じ込められている事を寂しく感じているのではないでしょうか。


自在でありたい

2006-04-16

 さて、魂は単に肉体から逃げたがっているのでしょうか。確かに努力の甲斐なく、苦しみにあえいでいればそこから逃げたくなる気持ちは分からないでもありません。でもそれは、希望なく苦しんでいるからであり、できる事なら逃げる事よりも、自身が主導権を握りたいというのが本音でしょう。

 先ほどは「自由」という表現を使いましたが、真実は「自在」という言葉が適切なのではと思います。辞書で引くと、自由には様々な意味が含まれていますが、一般的に、自由は、「どうにでも動く」、自在は「意のままに動く」となるでしょう。そして、そう、魂は「せめて自由を……」と望んでいるのであり、できることならば「自在」を求めているのではないでしょうか。
 求めているのが自由ならば、確かに死も回答のひとつかもしれません。しかし自在なら……

 そう、私は、漠然とした「死にたい」という言葉の中に、その人の熱烈な、霊性解放に対する衝動を感じたのです。自身に内在する理解不能な衝動……理解不能だから、「死にたい」という否定的な、消極的な表現になってしまう。でも、それが「霊性解放」に対する欲望だと自覚した時にどうなるでしょうか。

 時々、死にたくなるともらしたこの人は、素晴らしい霊性を持ちながら、自分の霊性の生かし方に気がついていないだけではないか。そう感じるのです。


佳人薄命

2006-04-16

 

 「美人薄命」等ともいわれますが、本来は「佳人」です。美人が見た目の美しさを指すのに対して、心根の美しさを併せ持つ人を「佳人」というのです。さて、この佳人薄命も、霊性解放の観点から見ると、面白い事に気がつきます。

 シルバーバーチの霊訓などでも、不健康の理由を、心身のバランスが取れていないから等と表現されていますが、魂が肉体に閉じ込められている事を良しとしない事が、不健康な理由と考えたらいかがでしょうか?

 素晴らしい智性の持ち主が薄命なのも、霊性が閉じ込められている事を苦痛に感じながら生きているせいと考えたら……自殺をしたくは無いけれど、魂が肉体に閉じ込められているのは嫌だ……そういう動機があるとしたら。

 もちろん、不健康で、自殺願望がある人が素晴らしい霊性を持っているとは限りませんが、不健康さと自殺願望の背後に、霊性解放への秘めた衝動がある場合がある事は、特に心霊主義《スピリチュアリズム》に関心のある人には重要な事に思います。


自殺願望 2

2006-04-16

 もう一押し、考察を進めます。

 シルバーバーチの霊訓の第一巻の冒頭に、地上に派遣されたシルバーバーチのぼやきが出ていますが、シルバーバーチたち、高級霊界の住人たちにしてみれば、地上が色褪せ鈍重な世界に感じられるのと同様に、霊性進化が進み、転生の必然性が薄れてきた魂にとっては、やはり地上生活というのは、どんよりと濁って活気の無い世界に感じられるのは無理も無い事だと思います。

 こうなると、いち早く地上を脱したいという気持ちは、案外、魂の本音かもしれません。もちろん、理由があって転生してきている以上、勝手に地上を去る事が出来ませんが、魂が意識にごくわずかしか顕在しない普通の人の場合、魂の本音が、肉体に思わぬ反応を引き起こす事例があるのでは……そう思います。

 人は感じる事で思考を始めますが、言葉を処理する形で思考するものです。そして、霊性解放への衝動が、「死にたい」という言葉に置き換わったとすると、その人の思考はいかに死ぬか……に向かってしまうのではないでしょうか。

 そして、霊性解放を強く想う時というのは、やはり物事がうまく進んでいない時だと思うのです。きっと、物事が進行中であるなら、「感じる」暇もない事でしょう。つまり、苦しい時に、その状態からの脱却願望を「死にたい」と錯覚してしまったとしたら、一体どうなるかという事です。

 いうまでもなく自殺に対する強い衝動となる事でしょう。そのような人に対して、心霊的な常識……すなわち自殺が大罪である事を告げることが果たして解決になるでしょうか。私はならないと感じます。本音は自身の霊性解放にあるのです。その人の魂は、様々な地上的な制約に息が詰まる思いをし、その苦しみから逃れようと必死になっているのです。その人に対して、罰で脅かすような真似は、ますますその魂を追い詰めてしまいます。

 自殺は悪い事です。しかし、本音がもしも、自分の在り方・「自在」を求めているのであれば……

「君に必要なのは、死ではなく自在なんだよ。妄念に奪われた、自分の主導権を魂に取り戻す事なんだ。」

 そう言って上げられるのではないでしょうか。

 「死にたい」……魂の発した言葉は、自分の意識に暗示をかけてしまうのです。それは決して本音ではないとしても、人は言葉で考えようとする為に「魂の自由」を「肉体からの解放」……すなわち「死」とイメージしてしまえば、答えは自殺でしかなくなるのです。

 今の自分の範囲に、自分の魂の可能性を閉じ込めないでください。あなたが求めるべきは、自由ではなく、自在なのです。


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