同一化障害


 同一化

 肉体の制約を離れた霊たちは、容易に知識や体験を共有できます。これを霊的交感と呼びます。この霊的交感を用いて、類霊団や守護霊団は、知識や体験の共有を行い、共に高めあっていくのです。

 確かに、霊との会話……言葉の交換というのも成立します。しかし、それは、意識のすりあわせに必要な、いわば挨拶のようなものですし、本当の交霊が知識・体験の共有であるからこそ、霊格の違いによって交霊の制限が生じたりもするのです。

 真の交霊が知識・体験の共有であるという事は、きちんと交霊が行われている限り、勘違いや不十分な理解などは存在しない事を意味します。しかし、同時に“魂の器”が合致していないと、互いの知識・体験の共有は非常に危険なものとなります。強い相手に引きずられて自己を見失う事があるのです。実はこれが憑依霊現象の心霊的な原理となっています。

 互いに異なる価値基準や、善悪観をもっている者同士が、知識を共有するならば、それは互いの生きてきた過去を否定する事にもなるでしょう。協調ではなく足の引き合いになってしまうのですね。

 しかし、自己の過ちや、問題点に気がつき、それを直そう、正そうという、謙虚さを持ち合わせている霊同士であるならば、互いの価値基準や善悪観の違いは、過去を否定するのためにではなく、互いの生き様を高めあう力となるのです。

 交霊は知識と体験の共有ですが、その結果は、必ずしも足し算には成らないのです。時には引き算として働き、時には上書きとなって働いてしまいます。

 そして、これは人間同士の付き合いにも当てはまる事なのです。

  足し算

 人との違いを尊重し、他の人の持つ知識や体験に敬意を払える人とならば、互いを高め会う事が出来るでしょう。そのような人と意見を交換するのならば、それは互いの知識と体験を足し算で増やす事が出来ます。この様な友人を見出し、ゆっくりと誠実に友好を深めて、自分の財産としていきたいものです。

 と同時に、自分自身が相手にとってこの様な人物になる事を心がけたいものです。

  上書き

 自分の生き方に自信が無く、救いを求めている人が、積極的に生きている人と出会うならば、自らの霊性を上書きされ、自己を消去しかねません。

 実は私のHPには自己の消去を防ぐ為の配慮が為されている事にお気づきでしょうか?

  引き算

 では、自己の知識を過信し、人の間違いを探す事に躍起になり、真偽を問う事ばかり考える人と関わるとどうなるでしょうか?

 いうまでもなく引き算にしかなりません。

 付き合いたくない!

 さて、私が断固、交流を拒絶するタイプの人がいます。この事は私の周囲に困惑を引き起こすようですが、私も上手に説明が出来ずにいます。“勘”という答えは何の説明にもならないでしょうから、あえて説明を努力してみましょう。

  真理よりも名誉

 いうまでもなく、人間関係に引き算をもたらす相手と関わる気はありません。真偽はいずれ明らかになるでしょうし、答えはいずれ目の前に姿を見せるかもしれません。が、真偽に拘れば、物事を考える筋道や、人間の誠意が見えにくくなるものです。

 まして失敗という最良の教師を軽んずる者は、人生の最後に必ず大きな失敗を仕出かすでしょう。いや、大きな失敗で人生を閉じるという方が適切かもしれません。

 また、真偽に拘る者が議論を望むのは、真理を求めてではなく、名誉を求めていると私は考えます。 彼らは事実よりも自己の名誉に拘り、解明よりも相手の否定に務めます。彼らにとって友人とは対等な関係ではなく、自己の賛助者なのです。ですから、真理を説いた所で分かり合うことなく、ただ関係が途絶するだけの事でしょう。

  心ではなく言葉を話す者

 人は文字や声に心を乗せて相手に伝えようとします。言葉は心の乗り物であり、意志を伝えるのは言葉ではなく、言葉に乗せられた心なのです。しかし心の乗り物は言葉だけではありません。歌や踊り、感情等で伝える事もあります。料理や飾り付けに心を乗せる場合もあるでしょう。

 いずれにしても、人間同士の付き合いにおいて大切なのは、心の表現手段ではなく、表現手段に乗せられた心なのです。その事が分からない相手では、互いに理解しあったつもりになっても、本当に理解しあう事は不可能でしょう。

  他を否定する者

 人間には多様性があります。その多様性こそが人間全体の可能性となっているのです。社会に危機が生じた時、それを救う能力を持った人が人々の前に姿を現します。それを可能にするのは、人間の多様性なのです。教育や社会風土として、人の均質化を進めるならば、その息苦しさを打破するかのように乱暴な行動をする人が現れるのもまた、人間の多様性がもたらすものといえます。

 (ええ、危機の際に十分な能力を持った人が現れない事もあるでしょう。そうなれば危機に歯止めがかからないというだけの事です)

 私は、誰かの自己を消去する事など望みはしません。時には、風雨に吹き飛ばされそうな自我の芽を無言で庇う事もあるのです。しかし、共存と歩み寄りを考えず、一方的に何かを押し付けようとする人の為に、私は自分の何か、例えば時間や掲示板スペースを捧げる気持ちも持ち合わせていません。

 人を責めると我が身が傷つく

 多くの人にとって「生きる」事は、一つの目的である事でしょう。しかし、私にとって生きる事は、一つの手段にすぎません。そして手段は目的の為にあるのですから、そこに自ずと制約が生まれます。

 時として人は、望んで人を傷付ける事をします。否応も無くぶつかるのではなく、自分の劣等感や、孤独感、または満たされない名誉欲や退屈さなどから、生け贄を求めて他人を傷付けるのです。その時に後ろめたさのしっぽを出して、“正義”の名を借りる事もままある事です。

 それが自らの魂にとって、どれほど大きな傷になるのかも考えずに。

 自己の保身の為に、人を傷付けるのは最低の行為です。それは一時の現実逃避がうみだす、幻想的な勝利に他ならず、傷付ける以上に自身を傷付ける事に気が付かない愚かな行為です。

 本当に強いのならば誰にも依存せず、自身の力だけで生きればよいのです。

本当に正しいのなら、わざわざ誰かを否定しなくても、正義を信じて生きていけばいい。

 誰かを傷付けるという事は、どれほど相手を見下していても、黙っていたら相手に負けてしまう事を認めている行為なのです。信念や自己の業績を暴力や罵倒で補わなければならない弱さを認める事なのですから。

 現世は、霊界と比べて、あらゆる面で周囲に依存して生きていかねばなりません。周囲のすべてを否定して、ただ自己の魂の中にこもっていられる霊界とは違い、現界において周囲を否定する事は困難なのです。たとえ心が現世を否定しても、肉体は周囲の援助を受け入れてしまうでしょうから、狂気や痴呆、そして、意識の損失なども、逃避にはなっても周囲の拒絶にはならないのです。

 少なくとも地上に生を受けたものは、生きる努力と共に、共生という事を学ばなくてはいけません。共生の必然性が霊界に無いからこそ、生を受けるのだともいえるのです。とすれば、共生を拒否したり、誰かに、何かに一方的に寄生するような人生を送れば、環境を変えて何度も「輪廻」を繰り返さなくてはならないでしょう。

 ここでいう「輪廻」とは祝福された再生ではなく、学業でいう所の落第に他なりません。

 一体、周囲がどんどん幸福をつかんでいく中で、自分だけが延々と輪廻の中で同じ苦しみにあえぎ続ける事が、果たして地獄の責め苦にさらされるのとどちらが楽でありましょうか。

 私は知っています。

 他人を否定し、自己の優位を確認したい人にとっては、憎むべき対象がいる責め苦よりも、人々に置いていかれる事の辛さこそが耐え難いと。

 人生は容易に、地獄よりも住みにくい場所になるのです。

 水と油

 霊界は決して平等不偏な世界ではありません。(そもそも平等不偏というのは権利のことであって立場のことではありませんが) 霊格毎に互いに交わらぬ階層世界となっています。その原因は、霊同士のコミュニケーションが同一化を基本にしていることにあります。あまり魂の志向が異なると同一化に障害が出るのです。

 そして、霊界の底辺には他の霊達と同一化する事に障害のある魂が集まります。他の意志を上書きしようとするもの、相手を否定しようとするもの、独善、奇矯、愚劣などといった特質の魂は他と同一が困難であるために、拒絶され、またお互いに拒絶しあい、でも、寂しさからお互いを求め合って、出会っては争い、争っては分裂しを繰り返すことになります。そうしてお互いの気質が丸くなっていくならばまだ良いのですが、負けず嫌いは争うほどに憎しみを増し、最後には悪霊と呼ばれるようになります。


2006-04-14

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