審神術


 交霊相手の霊格を見抜くのに必要な技術。それが審神術です。机上の空論で審神術は行うのは非常に危険ですが、人間関係においても生かせる有益な技術です。しかし、 「審神者」の章でも説明したとおり、霊格を見抜く方法に、安易な手段はありません。

 また、霊格を計る基本は、相手の知性(教養……知識ではありません)すなわち、相手の反応がどのような境涯かによって測ります。

 審神術

 霊能者と言うのは結局、情報の仲介業なのですから、その情報の確度を高める為に、交霊相手の霊格を見抜く審神術を会得する事が必須となります。しかし、基本的に100パーセント確実な方法はありえないと思います。

 日常会話においては、主観的な会話の比率が高いものです。そして主観的な会話は真偽が問題になることはありません。客が「コーヒーより、お茶が好きだ」といえば、お茶を出せば済む事ですよね。

 しかし、交霊で重視される情報は、真偽が大切な事実と予測に関する事柄です。そして真偽は実際に試してみないと確認出来ないものでから、最初から拒絶するか、騙されるのを覚悟して試してみる必要があります。騙される事を覚悟で信じ、経験を蓄積して、信頼関係を確立していく事が大切なのですね。ですから付き合いの浅い相手の場合、重大な影響を及ぼしそうな事柄は信じないで、信頼出来る相手に検証してもらうこともあります。

 信頼関係の醸造も重要です。通常の人間関係でも、単なる茶飲み友達として信頼出来るというのと、自分の人生や財産を預けられるほどの信頼とは別なものなのです。相手にとっても大切な……必要な人間になるように努めなければ、自分が望むだけの加護を与えてはくれません。

 相手を過信すると、本当に必要な大事件が起こった時に「そこまで面倒見る事は出来ない」と断られる事もあります。それは相手が非常だからではなく、付き合いの深さがその程度だという事なのです。

 次に重要な要素は、個人識別です。たとえ特定の霊と信頼関係を結んでも、偽者に騙されては信頼関係が意味を成しません。そして個人識別はとても難しいものです。

 当掲示板には、突然にハンドルネームを代える人がいますね。ハンドルネームを変えてもわざとメールアドレスなどを残している事も多いのですが、投稿文を読めば、誰の投稿だか、分かる事も多いものです。ただしこの場合、投稿文が短すぎて、例えば挨拶だけであると、どんなに親しい間柄でも投稿主を判断する事は出来ないでしょう。判断材料は豊富な方が間違いが少なくなるものです。

 しかし、多くの人は、ハンドルネームで相手を区別し、どんな物の考え方をし、文章にどんな癖がある人か……といった、内容で相手を区別する事が苦手です。そして、霊媒初心者が低級霊に騙される一番の要因がここにあります。名前は容易に偽れますし、名文・美文も引用する事が出来ます。偽れないのは自在な返答だけなのです。どんなに探しても得られなかった回答を与えてくれた相手は、たぬきを名乗ろうが、狐を名乗ろうが、質問者よりも上位にある霊と判断出来るのです。

 しかし、いくら自分の知識と相手の知識を比べた所で、自分以下の知識の持ち主を見極める事が出来ても、相手がどれほど上位の霊であるかを判断する事は出来ません。まして、実地に試す機会もない、霊的知識を基準に相手を偽者と決め付ける事は、結局、自分の間違いを正すチャンスを失う事になります。

問題を整理すると、

  1. 騙される事は避けられない。 騙される事を前提に交際を広げていく。
  2. 信頼関係を大切にする。信頼関係を片務にしない。
  3. 個人識別をおろそかにしない。
  4. 自分の知識で相手を判断しない。

 となります。そう、技能系の仕事をする人は、最初から難易度の高い仕事に取り組みはしないものなのです。

 無知の智

 人間の理解力には、限界があります。自身の知性を超えたものを理解する事は出来ません。理解出来ないものの正否を断定するのは、僭越を越えて愚かと言えます。しかし理解を超えたものがあるからこそ、勉強に目標が出て励みになるのです。地上において、すべての答えが出たのなら、もう学ぶ必要など無いではありませんか。それは成長の限界に至った事を意味します。

 人は知性や霊性の向上と共に、理解力が進んでいきます。今慌てて、正否を断定しなくても、いずれ正否が自ずと分かる時が来るのです。今まで当たり前に思えてきた事が、当たり前に思えなくなる。それもまた知性の向上の結果なのです。「バラの木にバラの花が咲く」これがどうして、当たり前の事なのでしょうか。人間であるという事は、人間の肉体を持って生まれてきたから……ただそれだけの理由でしょうか。

 世の中にわからない事があるのは、決して恥ずかしい事ではありません。それはあなたの生に意味があるという事なのです。

 世の中にわからない事が無いのは、とても恥ずかしい事です。それは疑問を持てるほどには世の中を知らないという事なのですから。もしも疑問が持てないままなら、あなたの生はすでに、後退期に入った事を意味します。 このような霊性の境涯は夢幻界なのです。

 一を聞いて十を知る

 一を聞いて十を知るのは、知性のなす所です。しかし勘違いしてはいけません。世の中には、一を説明するだけで、十を証明したと言い切る人の何と多い事か。小手先の手品や、口先だけの美言で偽真理を売り込むの者を見抜く事こそ、智性を持った者に望まれる事です。まして、一を聞いて十を知ったつもりになるのは、机上の空論しか扱わない証といえます。真理は戸棚の飾り物ではなく、人生に有益な実用品なのです。そして真理を生かさずして霊性の向上はありえないのです。

 もとより高級霊界の事柄は、言葉では表現できない美しさと精妙さを持っている物なのです。それを物質的世界の言葉での表現に拘れば、地上界の智慧と差が無くなってしまうのです。まったく高級霊界の叡智をわざわざ色褪せさせてから、智慧として取り込もうというのは、なんというおろかな事でしょう。

 このような過ちをするのも、変化と向上を嫌う夢幻界の住人でしょう。

 真理は智性に宿る

 真理は智性に宿るのであって、知識に宿るのではありません。辞書や聖書に出てくる言葉は、容易に引用出来ます。霊訓からの言葉も同様でしょう。しかし、意味を理解して使っている者は希だという事を認識して下さい。

 例えば、あなたが何かの商品を買い求めたとします。その商品が偽者でないかどうかは、ラベルや容器ではなく、中身である事に留意して下さい。ラベルは付け替える事が出来ます。容器は詰め替える事が出来ます。しかし、容器やラベルが違ってもあなたが必要とするのは中身のはずです。

 霊的な叡智を確かめるのに、誰でも引用出来る言葉や、知識さえあれば智慧なくても答えられるような質問で相手を確かめるような真似をせずに、自分には気が付かないような、ハッとする気付き……「感じる」事を大切にして下さい。

 少なくとも物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを貴ぶ者であるのなら、ラベルや容器を集めて喜ぶような真似はしないはずです。

 知識や記憶を引き出すのに必要なのは、霊性ではありません。物知りが必ずしも人徳者ではないのです。人が学ぶのは必ずしも楽しいからではなく、人を見下す事に喜びを感じている場合もあるのです。相手の霊性を測るのはあくまでも相手が、大智を備えているかによります。そして真に知識を理解しているかによるのです。

 木を判断するのに実を見る事はとても良い事です。どんなに立派な名前が付いた大樹であっても、その実が苦く、食べられない物であるのならそれはあなたが必要とする木ではありません。どんなに見てくれが悪くて名前が汚くても、あなたの喉を潤す実を付ける木ならばそれはあなたが必要とする木なのです。まして、名前など何とでも付けられます。名前や言葉や目先の知恵に騙されてはいけません。

 記憶

 人間の生前の体験は、魂に刻まれてその霊性を方向つけます。例えば苦労をした魂なら、人の苦労を見捨てられなくなるか、人の苦労であっても見るのも嫌になるか……というように魂に刻み込まれるわけです。

 同時に記憶として、脳に蓄えられるのですが、当然、死後に魂は脳を放棄せざるを得ないのです。もちろん魂は、必要に応じて記憶の大海(永遠の大道・記憶の章を参照のこと)より、記憶を引き出す事が可能ですが、それは安易な行為……少なくとも交霊中においては簡単な行為ではありません。つまり交霊中の霊にとって経験的な回答は容易でも、記憶的な回答は苦手なのが普通なのです。

 また、交霊中において、その中継の霊は、霊媒の脳にある言葉を利用して、返答を構成します。つまり脳内に収めらている、短文をつなぎ合わせて、長文を作成しているのです。これは単に効率的なだけで選択されているのではありません。霊媒の言語機能を完全にのっとる事が困難で、しかも危険であるためにとられる手段なのです。

 このことは、審神者(さにわ)を行うのに当たって、霊媒の安全確保上決して忘れてはならない事です。

 むやみに本に書かれているような調べればわかるような事を、交霊において頻繁に求めてはいけないのです。知識は霊格に比例しませんから知識を求める事は審神にとって無価値ですし、まして、知識比べなら、自分以下の知識の持ち主か、どうかの判定は出来ても、自分の知らない知識を持っている相手の、レベルを測る事など出来ない事に留意しましょう。結局、高級霊たちから見れば、このような質問は見下した態度と受け取られる事でしょう。そして、このような非建設的な交霊に応じるのは審神者(さにわ)の霊格相応の霊ですから、意地悪で知識だけある低級霊しか降りてこない事でしょう。これは、結局、霊媒に対して危険な行為を強いて、しかも、低級霊しかおろせないといった、やってはならない行為なのです。

 審神

 相手の霊格を見抜くのに重要なのは、まず欲心を捨てる事です。相手を利用しようとするから、付け込まれるのです。

 第二に重要なのは、おのれの慢心を捨て去る事……無知の智を悟る事です。人の心を見透かせる霊たち相手に既存の知識で勝負をしても意味がありません。まして本に書かれているような知識をわざわざ霊界から取り寄せる事に何の意味がありましょうか。むしろ、現在抱えている問題の解答を求めて御覧なさい。あなたに思いつかないような、そして実現性あふれる回答を得られたとしたら、少なくとも相手の霊は、あなたよりも高い知性と霊性を持っていることが伺われます。仮にあまりに高度で理解が及ばない答えが返ってくるのならそれはだまそうという意図をもつ霊と考えて差し支えありません。

 この手段でも基本的に、自分よりはるかに高い霊性の持ち主を測る事は出来ません。ただ自分より上である事を測れるだけです。そして注意すべきは、本当に高い霊性の持ち主は、その霊性をひけらす事がなく、懸る霊媒、対する審神者(さにわ)の霊格にあわせ、それよりもやや高めの回答を心がけるという点です。すなわち慈悲深く、知性あふれる霊は、相手に合わせて発言する能力の持ち主だという事なのです。

 反対にいくら立派な発言をしても無意味であったり、杓子定規であったりするのは背伸びをしている低級霊に間違いがありません。このような霊に騙される霊媒は多々いるのですが、それは分不相応な霊と一足とびに交霊をしようという意図に付け込まれるからです。結局、交霊術も、審神術も人間の他の才能と同様に分相応で、努力を要求するものなのです。


2006-04-14

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