ハイズビル事件とフォックス姉妹


ハイズビル事件

 ハイズビル (Hydesvill) 事件とは、ニューヨーク州のオンタリオ湖に近い、ハイズビルという村で、一八四七年十二月十一日から始まった一連の心霊事件をいいます。舞台となったのは、フォックス家であることから、フォックス事件とも呼ばれています。

 一家は鍛冶屋であるジョン・フォックス氏とその夫人、そして二人の娘、当時十四歳のマーガレット、十一歳の末娘ケートの四人暮らしでした。

 フォックス家が引っ越した家は、引っ越し直後から、原因不明の物音が付きまといます。しかしラップ音の他には、子供たちが冷たい手で撫でられる程度で実害も無く、いつしか慣れていきます。しかし三月に入ると異常現象がエスカレートを始めました。

 そして一八四八年三月三一日。

 風の強いその晩、いつものようにラップ音が始まります。

 そのラップ音の原因を窓の閉まりの悪さ、と思った父親が窓を点検して回った時に、末娘のケートは父親が窓を揺するたびに、同じ数だけ、どこからか音が聞こえてくる事に気がつきました。

 そして、「お化けさん、私と同じようにしてごらん」

 ケートが指を鳴らすと、やはり同じような音が聞こえてくるのです。

 このような実験を繰り返すうち、いつしかルールが出来ていきます。イエスなら音を立て、ノーなら音を立てない。

 近所の人を招いて実験を続けると、ある人の思いつきで、アルファベットを順によんで行き、目的の字の所で音を立てさせ、ついには名前から地名まで綴れるようになります。

 その結果判明したのは、チャールス・ロスナという行商人が五年程前に、この家で殺されて所持金を奪われ、死体は地下室に埋められた事、犯人はジョージ・ベックであるが彼は法律では罰せられないだろう事などでした。

 翌日から噂を聞いた大勢の人が集まり、そこでもラップ音を利用した交霊が行なわれます。そして四月三日、見物人の前でフォックス氏と近所の人々が地下室を掘り始めましたが、湧き水がひどくて断念する事になりました。

 そして夏の乾燥期に再び地下室の発掘を試みると、毛髪と頭蓋骨が出てきたのです。しかし、これだけでは事件の裏づけには不十分とされたのでした。

 これが世にいうハイズビル事件です。


フォックス姉妹

 事件の後に娘たちが恐怖感に襲われ、また、見物人の多さで仕事が手につかなくなった、フォックス氏は引っ越しをするのですが、その引っ越し先にもラップ音が付きまといます。

 そしてハイズビルからマーガレットに憑いてきた霊の言い分をアルファベットで綴らせる事となりました。

『親愛なる友よ、あなたがたは、この真実を世界に公表しなければならない。これは新しい時代の曙光である。あなたがたはもはや、これを隠そうとしてはいけない。あなたがたが、あなたがたの義務を果たすとき、神はあなたがたを守護し、善い霊たちもあなたがたを見守ってくれるだろう』

 この後、マーガレット・ケートの姉妹は霊媒として、各地で交霊会を開く事になります。


事件のもたらしたもの

 さて、ハイズビル事件の前に心霊事件が起らなかったかというと、決してそんな事はありませんし、霊能者としては、スウェーデンボルグ(1688-1772)の方がはるかに時代的に古いのです。

 また、フォックス氏(姉妹の父)の曾祖母、叔母にも霊感があったと伝えられます。

 では、なぜ、ハイズビル事件を科学的な心霊研究の発端というのでしょうか。 確かにハイズビル事件以後、多くの科学者が心霊研究に取り組んでいますが、何らかの結果を導き出せたとは思えません。すくなくとも否定論者を一掃するだけの結果は未だ手にしていないわけです。

 むしろ、ハイズビル事件は心霊を、夜遅く家の奥でこそこそと取り扱う魔法じみた物から、太陽の元に引き出す切っ掛けとなったことが評価されたと考えるべきでしょう。心霊を否定し、魔女狩りの伝統をもつ、キリスト教文化に圧殺されていた心霊が日の光を浴びた切っ掛けが一八四八年三月三一日だったのです。そして、この年、五千件以上の心霊現象が全米で報告され、フォックス姉妹に続き、多数の霊能者が、日の当たる場所で活躍を始めます。

 また、一八三七年、米国のモールスによって発明された電信機の影響も見逃せません。一八四四年にはワシントン・ボルチモア間に実用電信線が開通しました。フォックス姉妹のラップ音による交霊に、電信機の影響が無いとは思えません。むしろ大衆は、科学の進歩とラップ音による霊界通信とをダブらせる事で、旧来のキリスト教文化を迂回して心霊を受け入れることが出来たと考えられるのではないでしょうか。

 そして心霊研究家が見落としている大切な事がもう一つあります。この後に始まる心霊ブームは、霊媒と霊界側の都合だけで始まったのではなく、需要があるからこそブームになったという事実です。

 そう、人々は自らの魂の正体を知りたがっていたのです。


ハイズビル事件後日談

 1888年11月、フォックス姉妹は新聞紙上で、すべてがインチキであった事を告白しました。

 マーガレットは告白した翌年、告白を否定し再び交霊術を始めますが人気は集まらず、失意の内に亡くなります。没年1893年3月8日。

 ケートは晩年アルコール中毒に陥り、乞食となります。没年1892年7月2日。

 フォックス姉妹は、手や足の関節を利用して音を出していたといわれています。もはや百年以上も昔の事ゆえに文献情報以上のものは無く、その音を確認する術はありませんが、彼女たちは各地で興行を行なっていたのです。もちろん有料で!

 手足の関節がなる程度の音で観客は納得するのでしょうか?

 その霊能力の真偽がどうであれ、フックス姉妹は単に世界最初の霊媒として、歴史に名を残しただけではなく、金で心霊を売った者の悲劇という意味でも、歴史に名を残してしまったのです。

 心霊とは真摯に付き合わなければなりません。興味本位のオカルトで人目を引き、見世物になどすべきではないのです。特に霊能力に恵まれた者はみだりに低級霊の事ばかり口にしてはならないでしょう。

 霊能者以外の人は大抵の場合、霊能者を通じてしか霊界の事を伺う事が出来ません。いわば霊界の窓口である霊能者が低級霊の事ばかり口にしたら、人々は霊界をどのような目で見るでしょうか?

     スラム?

     地獄?

 世の中に悪人がいるように霊界にも悪い霊はいます。しかし人々のために働く善霊も数多くいるのです。低級霊の事ばかりに宣伝して善霊たちが働きにくい状態を作り出してしまえば、その霊能者もまた低級霊の仲間ということになります。

 せめて私のページを訪れた方には、霊界には悪い霊ばかりではない事と、高級霊の加護を信じていただきたいと思います。


見つかった死体

 一九〇四年十一月二三日、通称ハイズビルのお化け屋敷の地下室で遊んでいた子供たちが、崩れた壁の奥に人骨らしき物を見つけ、家の持ち主ウイリアム・ハイド氏は壁の横穴から、確かにチャールス・ロスナと思われる首の下からの完全な死体と行商人用のブリキの荷物入れを発見しました。

 これには家主の売名行為という説もあります。しかし、なぜ、ハイズビル事件から、五七年も経ってから、わざわざ事件を蒸し返そうというのでしょうか。それもフォックス姉妹の没落を見ながら。

 まあ、確かに人間の行為の動機は往々にして常識では測れないものですが。


2006-04-14

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